リサーチ情報

2019 SHRMアニュアルカンファレンスレポート

アジャイル人事

人事制度は一旦構築されるとなかなか変えられないゆえに、人事部門は制度策定に慎重になりがちである。Googleの元人事責任者であるラズロ・ボック氏が著書『WorkRules!』の中で、「人事制度は半年ほどパイロット運用してみて、不具合があれば廃止・修正をする」 と述べているが、そのようにアジャイルな考え方を人事にも取り入れていかなければならない。正解がない時代に正解を求めて時間をかけるのではなく、仮説を立てて導入し、検証を繰り返して、より良いものに早く近づけるというアプローチだ。「スピードアップする」という表現であればゴールがわかっている状態でまっすぐ走ることなのだろうが、アジャイルは抵抗があったり方向性がわからなくても、とにかく走りながら前に進むという意味合いである。かつて「人事は継続性」と言われていた。環境にパラダイムシフトが起きている現在では、職能資格や年功序列といったかつての人事基盤を変えていかなければ、組織として勝つことは難しい。

人事とサイエンス

アジャイル人事の中でも、やみくもに進むのではなく、サイエンスに基づく施策が重要である。その1つがPeople Analytics。人事担当者全員がデータアナリストになる必要はないが、どのようなデータがあり、そのデータをどのように分析すべきかを把握し、その分析で仮設を検証しながら、ビジネスや組織の課題に対して理論的なソリューションを提供していくべきだ。経験と勘ではなく、データに基づいた予測が可能になってきているときに、それを活用しない手はない。

サイエンス×人事という点では、データ活用だけではなくて、ニューロサイエンスの活用が今後必須になってくる。NeuroLeadership Instituteの代表を務めるDavid Rock氏が、ここ数年SHRMカンファレンスには登壇し、新しい考えを発信している。彼の研究対象は以下の通りである。

①カルチャーとリーダーシップ:クリアなディレクションを与えることが脳科学的にどんな意味があるか

②パフォーマンス:コミュニケーションがうまくでき、業績が上がるときに脳がどのように機能するか

③ダイバーシティとインクルージョン:多様性をレバレッジにして賢いチームをどのように作っていくのか

アメリカには、ニューロサイエンスのみならず、今後は組織心理学や行動科学の知見を人事の中にどんどん取り入れていこうという動きがある。いうまでもなく、サイエンスで全てが解決できるわけではない。しかし科学的にわかってきたことを活用せずに、グローバルレベルの競争に勝つことはできない。

SHRMでもATDでも、AIをはじめとしたデジタルテクノロジーの活用が、大きな流れだった。現段階 のAIは、まだまだ機械学習によるハイレベルな判断ができるわけではなく、判断の基準となる「フレーム」は人間が決めており、デジタル・テクノロジーにもまだまだ制約があるのは事実だ。しかし、テクノロジーの活用という観点で、日本の会社の多くはアメリカに遅れを取っているのが現実だ。

人事にサイエンスやデジタル・テクノロジーを取り入れて、人や組織のパフォーマンスを高めるという意味で「人とサイエンスやテクノロジーの融合」が大きなトレンド。将来のビジネスの勝ち負けを決する可能性の高いものは「未完成であっても使ってみる」ことが急務なのだ。

上記の通り、サイエンスやテクノロジーの重要性が高まっている一方で、アメリカではむしろ「人を中心に据える」という動きが見える。2015年12月のハーバードビジネスレビューでラム・チャラン氏が「G3(CEO,CFO,CHRO)が経営をドライブしないとならない」と述べていたり、去年のSHRM年次大会でも”All in”という大会統一テーマのもと「人事が経営の中心に入るべき」というメッセージがあった。今年のプログラムの中では、「デジタルや戦略はコピーできるけれど、人間が出す価値のコピーは難しい」と言われていた。デジタルの時代だからこそ、人の価値を再認識し、人で差別化をして勝つということだ。

個にフォーカスしたタレントマネジメント

人事が経営の中心に入ったときの重要な役割として、人材が育ち、実力を発揮するためのエコシステムを創ることがある。研修は研修、異動は異動というように人事機能が分断されることがないように、経営戦略の実現のために全ての人事機能を繋げていかなければならない。今年のセッションの中で、HR strategic levers = talent management + talent acquisition + talent engagementという方程式が紹介されていた。人材を採用して、評価、任用、様々な機会を通してその人材の成長を支援し、エンゲージメントを高めていくタレントマネジメントであり、制度で人を管理するのではない。一方で、大きく変化する経営環境にあって、同じポジションでも人によって大きくアウトプットが違うことに着目し、ペイ・ザ・ポジションという考え方ではなく、ペイ・ザ・パーソンという流れが出ていた。ポジションに報酬を対応させてきたアメリカではあらたな考え方である。先述のラズロ・ボック氏は前年のSHRMでの基調講演の中であえて議論のために「報酬は不公平でいい」と語った。例えばラズロによれば人事・経理分野であれば、人によってアウトプットが3倍、営業は10倍、マーケティングだと20倍違うということだ。デジタルエンジニアにおいては1000倍も差が付くという。日本では今、同一労働同一賃金が議論されているが、労働が同じであってもアウトプットが人によって異なることを考慮すべきだ。

また、もう1つ大切な人事の役割は、ビジネスの担い手の一人として、未来に向けたストーリテラーになること。今年のSHRMでは「ストーリーテリング」の重要性が強く発信されていた。組織の変革には抵抗がつきもの。行動経済学でノーベル賞を取ったダニエル・カーネマン氏によると、損失を回避するのが人間の特徴であると言う。人事の制度変更などでは、既得損益を失う人が強い抵抗感を示すことが多い。人事のリーダーには、皆の話しを聞いて民主的に改革を進めるのではなく、方向を示して社員を巻き込む役割がある。そこで必要なのが、この変革が何のためにあり、変革ができるとどうなるかをイメージできるように語れるストーリーテリングのスキル。そのストーリーテリングの構成要素として重要なのが、ビジネスにかける思い、Purpose & Meaningである。脳科学分野の研究では、それが理解できるとドーパミンが出て、人が動機付けられるということが分かっている。

リーダーシップ開発にも、人間重視の大きなトレンドが波及している。それは、他者に対して発揮する強いリーダーシップではなく、セルフリーダーシップ(自分はこれをやりたい、という想い)を持つことの重要性である。メドトロニクスの元CEOビル・ジョージ氏が著書「True North: Discover Your Authentic Leadership」の中でも語っているが、何が起こっても変わらない自分の価値観を確かにすることがリーダーシップの基本だということだ。

これまでのリーダー像は外向的なイメージが強かったが、インターネットの登場により、沈思熟考で内向きのリーダーシップの形もありだという議論があった。自己主張が重んじらてきたアメリカのリーダーたちにこういった議論が出てきたことは興味深い。また、今年のATDカンファレンスのキーノートスピーカーであったセス・ゴーティン氏は「昔は大量生産で、規模で勝負をする必要があった。今はインターネットがあれば1人で世界を動かせる」と言っていた。Urber・Airbnb・Amazonなどもその例である。静かに新しいことを考え、決してextravertではないが、インターネットを通して世界に大きなインパクトを与えるリーダーの出現は、今後のリーダーシップのあり方を考えるにあたって興味深い。

1-2年前に日本で話題になったノーレーティングについては、去年はセッションが1つだけテーマアップされていたが、今年は皆無であった。アメリカで「自分は平均より上」と思っている人が全体の90%を占めると言われている。つまり「普通」とレーティングされた人は「そんなはずない」と思うということだ。そのときに起こりえる訴訟リスクを回避するためというのが、ノーレーティングが進んだ1つの要因である。単純にアメリカの企業がやり始めたからといって、安易に取り入れるのは考えたほうがいい。一方、職場ではshort messageなど便利で即時性のあるツールが活用されている。ミレニアルやジェネレーションZ世代では、いつでもSNSで繋がっていてることが普通で、即時のレスポンスを求めている。すぐにフィードバックが欲しいのであり、年に1回しかない評価のフィードバックでは、彼(女)らが不満になるのは仕方がない。タイムリーにフィードバックすることでパフォーマンスを上げ、人を育てるためにツールを活用すべきであることは言うまでもない。フィードバックはタイムリーに、総合的な評価は年次ベースでというごく当たり前の議論が戻ってきたことは好ましいことだ。

強いチーム作り

Psychological Safetyの話がSHRMカンファレンスの中でも何度か取り上げられていた。チームのパフォーマンス向上を目的にGoogleが取り組んだプロジェクト・アリストテレスの結果、Psychological Safetyの重要性に気づいたことが発端だ。ただし、Psychological Safetyは同プロジェクトが出している重要要素5つのうちの1つであって、言葉の目新しさに飛びついて、Psychological Safetyを実現するだけで、効果的な組織なると考えるのは早計だ。相互信頼、構造と明確さ、仕事の意味、インパクト(自身の仕事が社会に与える影響)といったその他のファクターとの統合によって効果が出るとしていることにもっと注意を払うべきだ。

この3年間SHRM年次大会に参加してきて改めて思うのは、日本の人事のインテリジェンスレベルは世界一であるということ。人事に科学やテクノロジーが必要になってきた今日、これまで以上に人事に求められているのがインテリジェンスだ。我々は、世界に冠たる人事のインテリジェンスを使うことができる。一方で、世界に比べて変革に向けた行動力は弱い。今こそ積極的に行動を起こさなければならない。今年の大会で語られていたセルフリーダーシップを人事パーソンも発揮し、自分自身の中で人事の仕事に対するやりがい、意味、目的を明確に持ち、経営をドライブするパワーになってほしい。人事パーソン一人ひとりが行動を起こしたら日本の未来は明るい。