HR Leaders NEXTカンファレンス
2019HR Leaders NEXTカンファレンスレポート AIG損害保険株式会社
「仕事」と「大切な何か」を両立できる働き方が当たり前の企業文化をめざして
福冨一成 氏 AIG損害保険株式会社 執行役員 人事部門担当
選ばれる企業になるために
AIG損害保険株式会社は、外資系として創業したAIU損害保険株式会社と約100年の歴史を持つ富士火災海上保険株式会社が合併した会社です。企業文化がまったく違う2社が一緒になったときに、新しい組織として、共通の目指すべき姿を描こうと考えました。それを表したのが、「Best Place to Work」という取り組みです。働き方改革とは異なり、この組織で働くことへのプライド、損害保険の社会的意義をもう一度掘り起こしていこうという意味も込めています。この企業カルチャーの構築・浸透の根底には、各人が人生において、例えば介護、育児、自身の病気など様々な問題を抱えるかもしれませんが、それを抱えながらもキャリアを創っていくことが当たり前にできるような企業でありたいという信念があります。
AIG損害保険株式会社は米国のNYに本社を置くAIGのグループで外資系企業ですが、日本での事業の歴史は長く、戦後まもなくから日本でビジネスを展開しています。外資系とはいえ、日本マーケットに根付いているため、グループ全体で9,000人ほどの社員の労務構成は他の日本企業と似ています。バブル時代に採用された50歳前後くらいの社員の数が最も多くなっており、親の介護に直面する人もいます。またこれまでの男性中心で会社のために深夜まで働くことが当たり前だった時代も変わってきています。障害者雇用、グローバル化、LGBTなど、1つの職場に集う人々の多様性が高まっています。そのように様々な背景や事情を持った従業員によく問うのは、「みなさんの今の優先事項は何ですか?」ということです。男女にかかわらず、人生の中には仕事を100%優先するということが物理的に難しくなるタイミングがあると思います。あるいは仕事を100%優先するのとは違う価値観を持った人が増えてきているのも事実です。そんな中でもAIG損害保険株式会社が、従業員にとって「そこにいたい場所」になることを目指しているのです。
利用されてこその制度の価値
私自身のキャリアとして、社会人になってからずっと人事畑を歩み、社員を惹きつけるために育児に関連するサポート、在宅勤務など様々な制度を構築してきました。しかしながら、そのように制度やフレームワークは作ってきたものの、それが従業員にうまく利用されていないのではないか?という実感を持っています。従業員が人生を歩んでいく中で、うまくその制度を使えるようになることが重要だと認識しています。
結婚や出産で退職する社員はほぼゼロになっていますので、育児休業、時短勤務など子育て関係の制度は多く利用されています。また当社は全国に約200の営業拠点がありますので、他の金融機関同様、平均して3~5年に1回の頻度で転居・転勤も当たり前のようになっているため、社宅など単身赴任者向けのサービスも活用されています。休暇制度についても、社員平均では年間で18日くらい有給休暇が取得されるようになっています。一方で、在宅勤務は本社の一部の社員にしか使われていませんし、介護休暇の利用率もまだ一桁台です。フレックス制度も本社・現場を含めて全社的に導入にしていますが、あまり活用されていないのが現状です。
その原因を社員サーベイ結果から探ってみると、上司と部下の間でこれらの制度が利用しにくいマインドが働いていることが分かってきました。コメントを拾い上げてみたところ、上司からは「在宅勤務で仕事をしている部下がきちんと仕事をしているか分からない」という声がありました。パフォーマンスベースの仕事を前提にしているにもかかわらず、目の前に部下がいないとマネジメントができないということです。「フレックス制度があろうが定時に出勤するのが当たり前」とった上司もいます。職場によっては朝礼を実施しているため、全員朝9時にオフィスにくるように指示している上司もいます。また、たくさん残業している人や、あまり有給休暇を取らない人を頑張っていると評価したり、プライベートを犠牲にして会社に貢献する姿は立派だと考えている上司がいるのも事実です。
一方で部下側の忖度もあります。「育児時短勤務をしたけれど、周りの目が気になって取れない」と、上司だけでなく、職場の同僚の目が気になるという声がありました。「早帰りをしたけれども、残った人の負担が増えることを考えると帰りづらい」、「産休を取ると周りから嫌な顔をされるのではないか」、「家族のために有給休暇を取りたいけれど、周りの人より多く取得しているので気が引ける」という人もいます。また、色々な経験をしたいけれど、上司が許してくれるかどうか不安を感じている若手層もいます。あるいは勤務地については、「実は地元に帰りたいが、転勤が当たり前の今の仕組みだと主張しづらい」という人もいます。
トップダウン&ボトムアップアプローチ
こうした実態の把握を受けて、人事部門は、仕事と人生の大切な何かを両立して会社に貢献するのは、評価に値することだと社員に向けて発信しています。ピープルマネジャーはそれを支援する役割があるということも示しています。仕事と人生の大切な何かの両立のために、制度を効果的に使えるようにするためには従業員のマインドセットを変えていく必要性もあります。まず、全社員9,000人のうち1,200人くらいにあたる全てのピープルマネジャーに対して、意識改革を促す研修やワークショップを毎年実施しています。そのテーマとして、育ボス、介護、アンコンシャスバイアス、ハラスメントフリーなどを扱っています。それ以外にダイバーシティ&インクルージョンを推進するコミッティを形成しています。それらの取り組みと、ボトムアップで実施するEmployee Resource Groups(ERGs)が連携しており、障害者と彼らを支援するグループ、女性の活躍とそれを支援するグループ、子育てファミリー、LGBTとそのサポーター、異文化コミュニケーションに取り組むグループ、20代を中心とする若手社員の集まり、といった6つの自主的参加グループの活動を、マネジメントが支援しています。従業員が自分の仕事の5%をこうしたERGsの取組みや、ボランティア活動に充てることを会社として奨励しています。例えば子育てファミリーグループには、プレジデントと呼ばれるグループリーダーの下、数百名の社員が参画していますが、子育てや介護に直面している参加者に対して人事が利用可能な制度を案内したり、外部から講師を招聘して他社での取り組み事例を共有するといった活動を行っています。全国200カ所ある拠点から多くの社員が参加できるように、対面方式だけでなく、Web会議も駆使しながら実施しています。トップダウンとボトムアップの両方のアプローチを組み合わせて、人事が用意している働き方を支援する様々な制度を使ってもらえるように、地道な活動を行っているのです。
転勤制度の革新
「Best Place to Work」の取組みの中でも特に目玉となっているのは「Work @ Home Base」です。私たちのゴールは1.転居転勤なし 2.単身赴任なし 3.社命異動なしの3つです。すべての社員が転居転勤がない状況を目指しているのではなく、キャリアの幅を広げるために、全国を飛び回ることを希望する人には引き続き転居転勤を適用しています。要するに個人が、働く場所を選択できるようになっているということです。この制度を策定する議論の中で、地域限定社員を設定する案もありました。ただしそれを設定してしまうと、どうしても地域限定社員のキャリアが軽んじられてしまうのではないかと懸念しました。
この制度を導入した背景は、端的に介護や育児、パートナーの仕事の都合により、転勤ができない、あるいは好まない人が増えてきたからです。現に、社員意識調査の「働く場所について」の設問に対しても、「自分の希望した場所で働きたい」という回答が全体の65%に上っています。現状、クリティカルな状況ではありませんが、先んじで、転勤ということに向き合ってみようと、人事から転勤制度の見直しを発案しました。最初はビジネス側から「それでビジネスが回るのか?」といった懸念の声がありました。それでも実施できた要因は主に2つあります。
我々のマネジメント層にはExpatの欧米人も多くおりますが、彼らの中には「単身赴任」という概念がありません。家族やパートナーと離れて暮らすというのが考えられないことです。彼らの価値観に感化された側面があります。
もう1つとして、転勤を検討する際に社員の意向を確認していてビジネスが回るのか?という懸念もある中で、そもそもここで働く人がいなくなったらどうなるのか?という危機感をビジネスサイドのヘッドが持ち始めていたこともあります。
これらに後押しされて、基本は社命による転勤を無くすといったコンセプトを打ち出しました。しかし、自身の現在のライフステージであれば、転居・転勤に制約は無く、転勤をきっかけにキャリアの幅を広げたいという本人の意向があれば転勤は可能です。ただし、そちらの方がマイノリティであるという発想の転換を図っています。これを実践するためのフレームワークとして、社員を「Non-Mobile社員」「Mobile社員」の区分に分けることにしました。この区分はライフステージに応じて変更が可能です。「Work @ Home Base」のパイロットを実施した際に、社員にアンケートを取り、「Non-Mobile社員」と「Mobile社員」のどちらかの選択と、働きたい13エリア(のちに11エリアに変更)と都道府県の希望を確認したところ、全体の80%が「Non-Mobile社員」を希望し、働きたいエリアは東京・大阪の大都市圏に集中しました。それ以外のエリアは既存のポジション数に対して希望者数がマイナスになりました。結果として実質的に全社員の希望通りのエリア配置は難しいことが分かりましたが、希望の偏りは、全体の20%存在する「Mobile社員」を選択した社員に、一定期間希望するエリア外で勤務して頂く事で対応が可能である事が判りました。「Non-Mobile社員」希望の人々に対しては、2020年までに希望の11エリアに配置することを約束しています。「Mobile社員」については、自身が希望していないエリアに転勤しなければならない間は、借り上げ社宅の補助拡大や、モバイル手当といったプレミアを設定しています。既存の社員を希望地に配置する事で削減する社宅コストを、この「Mobile社員」への手当拡充分に回すことで、コストイーブンになっています。
この制度に対する社員の受け止め方は総論で好感触です。特にマネジャーを目指している女性社員から、労働組合やERGsを通してポジティブなフィードバックを貰っています。先述のとおり、職務やその人のレベルに合わせた人事異動を実施することが難しいため、ジョブポスティングも合わせて活用し、社命での異動転勤を極力減らし、社員が自分の働く場所を自ら選択し、そこにいたいと思える会社を目指し続けています。