CHROとして如何にビジネスに価値をもたらすか | HR Leaders NEXT

人事リーダーズインタビュー

人事プロフェッショナルレポート  在宅勤務から見えてきたこと~社労士の視点

新型コロナウイルス感染症対策として始まった在宅勤務は、労務管理・BCPに留まらず、仕事の生産性、マネジメントの役割など、様々な重要課題を可視化し、見直す機会になっています。HRプラス社会保険労務士法人代表社員 特定社会保険労務士の佐藤 広一先生に、専門的立場から、労務管理に関する注意点と、企業人事への期待についてお聞きしました。

1. 労務管理上の注意

在宅勤務における労務管理上の注意点には、大きく分けて2つの観点があります。

1つは、情報管理・セキュリティです。取引先とNDAを締結している場合、保護の対象となる「情報」を事業所外で,不特定多数の人が出入りするスペースに持ち出すことは善管注意義務を怠っていると解釈される可能性があることを心得ておくべきです。たとえ家の中であっても、家族によるPC 閲覧にも気を配るべきです。家族が競業他社に勤務しているケースもないとは言えないためです。現在は新型コロナウィルス感染対策のため不要不急の外出を控えることを目的に在宅勤務を前提にしたリモートワークになっていますが、例えばカフェなどで仕事をすることがあれば、パソコンの画面を他の人に見られたり、撮られたりする可能性があります。もしも、そうした公共の場での勤務を認めるのであれば、会社が保有し保護する義務を負っている機密情報や個人情報に接する権限がない労働者、あるいはそうした情報に関連しない業務に限定しなければなりません。

また、在宅勤務においては、各家庭のネット接続環境を利用することになります。この時に留意しなければならないことの1つはセキュリティです。脆弱なネットワークに接続してしまう可能性がありますので、会社側がVPN接続やシンクライアント環境を用意すること、あるいはルーターごと貸与するなどの工夫が必要となります。

加えて、在宅勤務時に個人が負担する通信費についても配慮しなければなりません。在宅勤務手当という一定額を支払うことが有用ですが、その手当を導入するためには賃金規程を改訂する必要があります。在宅勤務時に発生する光熱費に対する支払いも同じ考え方が適用できます。

在宅勤務における労務管理上の留意として2つ目の大きな観点は、時間管理です。今回のような有事の場合、リモート勤務における細かな時間管理が難しいと判断している企業もありますが、ほとんどのケースではクラウドの勤怠管理システムが機能しており、通常の労働時間管理を採用しているように見受けます。あるいは対象業務によっては、専門業務型裁量労働制の適用によって解決されています。

もしも「事業場外みなし労働制」を適用する場合は、次の2つの要件をカバーしなければなりません。そもそもなぜ、事業場外みなし労働制というものがあるかというと、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難である場合が生じた時のためのものです。そのため、まずは、情報通信機器を通じた使用者の指示に即応する義務がない状態であることが、「事業場外みなし労働制」を適用する1つ目の要件になります。例えば、上司がチャットを送っても、部下は回線が接続されているだけで、自由に情報通信機器から離れることや通信を切断することが認められており、すぐに上司に返答する必要がないという状態です。2つ目の要件として、業務が随時上司の具体的な指示に基づいて行われていないということです。しかし、業務の目的、目標、期限などの基本的事項の指示はこれにあたりません。以上2つの要件から言えるのは、「事業場外みなし労働制」は、ある程度権限移譲された業務の遂行者に適用できるものだということです。

また、従業員が業務時間内で子どもの保育所への送迎や日用品の買い物などで中抜けをする場合についても考えてみましょう。通常の労働時間管理であれば、業務を離れる時と、戻ってきた時に時間を申請しますが、終了時間は固定されているため、残業という手段以外では、終了時間以降で抜けた時間を補うことはできません。もしもこの問題を解消するとしたらフレックス勤務にするしかありません。特にコアタイムのないスーパーフレックスを使うと、比較的運用しやすくなります。ただ、フレックス勤務も時間管理の対象にはなりますから、全て労働者に委ねてしまうと長時間労働の温床となるため、時間外労働の上限規制に十分に注意しなければなりません。

2.リモートワークで可視化されるパフォーマンスとマネジメント

リモートワーク(以下在宅勤務を含むリモートワークを示す)というと労働条件に目が向きがちですが、今回のような有事では事業継続(BCP)の視点を持つことが最も大切です。つまり、当社にとって最も重要な基幹的業務の早期復旧のために、リモートワークがあることを忘れてはなりません。その意味で、第一に、自社にとっての基幹業務は何か、業務遂行に必要なリソースは何か、誰に任せるか、を予め定義しておくことが必要です。BCPは事業を継続しながら通常業務にいかに短期間で復旧させるかが肝です。リモートワークはそのための手段であって目的ではないのです。

今回、新型コロナウイルス感染という予期せぬ出来事が、私たちにリモートワークという新しい働き方を求めるようになったわけですが、これまで曖昧であったことが可視化されて、個人と組織がよりパフォーマンスを発揮できるようになるきっかけであると捉えることもできます。

最も顕著に可視化されることの1つは、個人のパフォーマンスです。リモートワークでは個人が「自律」してタスク管理を行うことになりますので、会社側は個人から創出される「アウトプット」で評価するようになります。定量的なことでも、定性的なことでも、やるべきアサインされている仕事が終わっているか、まだどれくらいの速さでできるのかが問われます。その意味で、リモートワークはその「アウトプット」を出せないローパフォーマーを可視化してしまうことになります。ハイパフォーマーであれば、そもそも環境・場所を選ばずに成果を出すことができるものだと考えます。

2つ目に可視化されるのは、マネジャーの役割です。ワーカーでないためタスクを持たないマネジャーは、日頃、何にフォーカスしながらマネジャーとしての仕事を遂行していたのかが露呈します。例えば、あらゆるタスクを部下に丸投げしているマネジャーや、目の前にいる部下を監視する役割を担っている管理志向型のマネジャーからは、仕事がなくなってしまうでしょう。一方で、日ごろから部下を信頼し、支援する役割を担っているマネジャーであれば、リモートワークの状況であっても部下の仕事が捗る仕組みや環境を整備することができます。

これらのことを踏まえると、新型コロナウイルス感染症に対応している今の状況は、決してネガティブなことだけではありません。生産性を上げるためのリモートワーク導入ではなくて、取り入れてみた結果、生産性の高い人を見定めることができるようになったといえるでしょう。逆に言うと、リモートワークで一律的に個人の生産性を上げるのは難しいかもしれません。ただし、企業は最終的に組織として成果を出すことが求められているのですから、今後は、個人として生産性を向上する状況と、チームとして共創する場を上手く組み合わせることによって、組織パフォーマンスを上げていくことができるのではないかと思います。そのためにも、個として動くときも、チームとして働くときも、常に同じ方向に向かって組織が進めるようにビジョンや目的を共有しておくこと強くお勧めします。

Share: