「どうなるリモート下での職場学習?」
明治大学 政治経済学部 荒木淳子 准教授
前回のコラムでは安藤史江教授の論文から、チームが組織業績に対する成果を得るためには、単にチームとして協働するだけでは不十分であり、チームメンバー全員がリーダーシップを発揮し、単独でも動ける状態でなくてはならないという知見をご紹介しました。チームが成果を上げるためには、メンバー一人ひとりが自律的に動けることも重要だというのです。
日本企業においても、最近は、社員が自律的に学び、働くことが望まれるようになっています。経団連が2020年に会員企業に対して行った人材育成に関する調査では、現状は、約7割の企業が社員のキャリア形成は会社主導で行っていると回答している一方、今後については、約6割の企業が社員の自律性を重視すると回答しています。リモートワークの活用など、働き方がより柔軟になっていく中、社員には自律的に学び働くことがますます求められているといえます。
しかしそもそも、自律的に学び働く社員とはどのように育つのでしょうか。
全国展開をしている中堅人材サービス会社S社の正規および非正規の組織メンバーに対して、安藤教授と共同で行った質問紙調査では、正規か非正規かといった雇用形態に関わらず、社員には、「仕事をより良くするための新しい方法を、自分自身で取り入れている」など、自分なりに仕事を工夫し新たに創造しようとする姿勢が見られました(荒木,2019)。そしてこうした社員の創意工夫に影響しているのが、上司のリーダーシップでした。上司が、「新しいアイディアを受け入れる姿勢をもっている」「何か問題があるときはいつでも相談するよう言ってくれる」など、インクルーシブ(包摂的)な姿勢を持っている場合には、メンバーには組織への愛着が生まれ、自分の仕事をより良くしようとする前向きな姿勢が見られました。この調査から、自律的な社員を育てるには、上司の働きかけが重要ではないかと考えられます。
また、別の研究(Jung&Takeuchi,2018)でも、積極的にネットワークを広げるなど、キャリアを自分でマネジメントしようと行動する社員のキャリア満足度には、企業の能力開発施策や組織的な支援がポジティブな影響を与えることが示されています。若手社員では、企業が社員の能力開発を支援していると感じている社員ほど、キャリアを自分でマネジメントしようとすることがキャリアに対する満足度を高めていました。一方、ミドル社員では、企業が社員の能力開発をあまり支援していないと感じる社員ほど、キャリアを自分でマネジメントしようと行動することで、キャリアに対する満足度は高まっていました。
これらの研究からは、自分で自律的に学び働こうとする社員の姿勢や行動には、企業や職場の支援が影響を与えていることがうかがえます。
コロナ禍をきっかけとして、リモートワークを活用した働き方が企業に広がる中、自分の将来のキャリアに不安を持ち、積極的に学ぼうとする社員も増えていると言われます。パーソル総研が行った調査では、コロナ禍によって「専門性の高いスキルを身につけたい」「副業・兼業を行いたい」「学び直しをしたい」という思いが強まった人は、回答者の約3割に達しました。リモートワークの活用など働き方が柔軟になってきたことや、オンラインでの学習が充実してきたことも、こうした意識が高まるきっかけになっていると考えられます。
しかし企業は、こうした社員の学びを適切に支援し、組織の成果に活かすことはできているのでしょうか。もしコロナ禍やリモートワークをきっかけとして、社員の中に、自律的に学び働こうとする意識が高まっているのだとすれば、企業の能力開発支援はこれまでと同じで良いのでしょうか。また、リモートワークを活用した働き方では、上司や職場の同僚とのコミュニケーションが取りづらくなるといった問題も挙げられます。企業や上司はより一層、社員の能力開発を支援していることを適切に伝える必要があるかもしれません。
【参考文献】
荒木淳子(2019)雇用形態の異なる社員が協働する職場のマネジメント : 上司のインクルーシブ・リーダーシップに着目して.産業能率大学紀要,39(2):41-53
経団連(2020)人材育成に関するアンケート調査結果.(2021年7月14日参照)
パーソル総合研究所(2020)第4回・新型コロナウィルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査.(2021年7月14日参照)
Yuhee Jung & Norihiko Takeuchi (2018) A lifespan perspective for understanding career self-management and satisfaction: The role of developmental human resource practices and organizational support. Human relations, 71(1): 73-102